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京都地方裁判所 平成7年(ワ)1275号 判決

原告

由村美樹

外三名

右四名訴訟代人弁護士

荒川英幸

浅野則明

岩橋多恵

川中宏

村山晃

被告

医療法人社団洛和会

右代表者理事長

矢野一郎

右訴訟代理人弁護士

知原信行

右訴訟復代理人弁護士

黒田充治

主文

一  被告は、原告由村美樹に対して別紙目録一記載の各証明書、原告山田京子に対して別紙目録二記載の各証明書、原告牛谷美佐代に対して別紙目録三記載の各証明書、原告三好博江に対して別紙目録四記載の各証明書をそれぞれ交付せよ。

二  被告は、原告らに対し、それぞれ金五万円を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  主文第一項と同旨

二  被告は、原告ら各自に対し、平成七年四月三日から第一項の各証明書を交付するまで、一日金一万円の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告の経営する看護学校を平成七年三月に卒業した原告らが、在学契約に基づき、被告に対し、右看護学校の卒業証明書及び成績証明書の交付を求めるとともに、被告が右証明書の交付を拒否したことにより精神的苦痛を蒙ったとして慰謝料の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  在学関係

原告由村美樹(以下「原告由村」という。)、原告山田京子(以下「原告山田」という。)及び原告三好博江(以下「原告三好」という。)は、平成五年一月一四日、一般募集により被告が経営する洛和会京都看護学校(以下「被告学校」という。)の二年課程に合格し、原告牛谷美佐代(以下「原告牛谷」という。)は、平成四年一一月一四日、推薦募集により被告学校の二年課程に合格し、いずれも平成五年四月から平成七年三月までの二年間の教育を修了し、同月一〇日に被告学校を卒業した。

2  原告の内定辞退

原告らはいずれも、被告への就職が内定しており、平成七年三月二二日に入社式が行われる予定であったが、被告に対して右内定を辞退する旨の意思表示を行った。

3  証明書の交付拒否と仮処分決定

(一) 原告由村は、平成七年三月一六日以降、被告ないし被告学校に対し、代理人弁護士を通じて面談ないし電話で卒業証明書及び成績証明書(以下「本件各証明書」という。)の交付を請求した。また、原告由村、原告山田及び原告牛谷は、同月二〇日以降、原告三好は、同月二二日以降、被告ないし被告学校に対し、それぞれ文書をもって、本件各証明書の交付を請求したが、被告ないし被告学校は、右請求に応じなかった。

(二) そこで、原告らは、同月二九日、京都地方裁判所に対し、証明書交付の仮処分の申立てを行い(平成七年ヨ第二五〇号事件)、同裁判所は、同月三一日、右申立てを認容する仮処分決定をなした。そして、同決定は、同年四月三日、被告に送達されたが、被告はこれを履行しなかった。原告らは、その後も、被告に対し、本件各証明書の交付を促す文書を送付したが、被告は本件各証明書の交付を拒否し続けている。

二  争点

1  本件各証明書の交付の必要性

(一) 被告の主張

被告は本件各証明書の交付を拒否したが、その理由は以下のとおり必要性がないとのためである。

原告らが本件各証明書の交付を求めた目的は、①看護婦国家試験を有効にするためと②京都府看護婦等修学資金の返還免除措置のためにあった。しかし、右目的は、右請求時にはいずれも既に解決済みであり、新たな交付の必要性はなかった。すなわち、①については、被告学校が、平成七年三月二〇日、近畿地方医務局国家試験臨時事務所に対し、他の卒業生らの卒業証明書と一緒に送っており、かつ、右事実について、被告から原告ら代理人に対し、同月二三日に連絡済みである。また、②については、返還猶予の規定に基づき、卒業後一年以内に看護婦の免許を取得し、免除対象施設で仕事をしているときに該当し、看護婦の免許を取得している者にとっては、免除対象施設の「業務届」を提出するだけで充分だからである。

(二) 原告らの主張

本件各証明書の交付を請求するについて必要性を明示することは要件ではない。仮に、要件であったとしても、進学ないし就職のためとする程度の形式的なもので足りる。

2  慰謝料

原告らは、被告の本件各証明書の交付拒否や原告らからの多数の文書を無視し続ける対応等により著しい精神的苦痛を蒙ったのであり、これに対する慰謝料としては、被告に本件各証明書の交付を認めさせるためにも、仮処分決定が送達された平成七年四月三日以降、原告各自につき一日当り金一万円が相当であると主張している。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件各証明書の交付請求の必要性)に対する判断

1  卒業証明書及び成績証明書の交付請求の要件

学校を卒業した者が、上級学校への進学、就職等を志望している場合、通常、志望の学校、就職先等において、卒業証明書、成績証明書等の提出を要求し、右証明書等が志望の採否を決定するに当たり、その受験資格判定等のための重要な資料とされていることなどからすれば、学校の卒業生は、在学契約に基づき、卒業校に対し、自己の卒業証明書、成績証明書等の交付請求権を有していると解される。

そして、卒業生が、卒業校に対し、右証明書等の交付を請求した場合、交付請求が不正・不当な使用目的をもってなされるなど、条理上、右証明書等の交付を拒否することが許容されるべき特段の事情がある場合を除き、卒業校は、卒業生に対して、右証明書等を遅滞なく交付すべき義務があるというべきである。

2  そして、本件事案では、被告学校の卒業生である原告らが、被告に対し、本件各証明書の交付を請求している場合であるから、原則として、被告は、原告らに対して、本件各証明書を遅滞なく交付すべき義務があるというべきである(なお、証明書等の交付請求を拒否すべき特段の事情についての主張・立証はない。)。

ところで、被告の前記主張は、卒業証明書等の交付請求に際して、卒業校が、交付の必要性についての具体的内容を卒業生に明示させ、その当否を判断して交付の拒否を決することができることを前提とするものと解される。しかしながら、前示の卒業証明書交付請求権の法的性格からすれば、卒業生に交付の必要性の内容を具体的に明示すべき義務があるとはいえないから、その余を判断するまでもなく、主張自体失当である。

二  争点2(慰謝料)について

1  証拠(枝番号を含めて、甲一ないし一三、一五ないし一九、二二ないし二七、二九ないし三五)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実を認めることができる。

(一) 原告らが被告学校に合格した後、被告学校から送付された書類のうち、「合格者及び父兄の皆様へ」と題する書面には「本校では入学に際し合格者全員に洛和会奨学金の申請をしていただくことになっております。これは、免許取得後、一人前になるための期間として三年間は関連施設で働きながら継続教育を受けていただくことを念頭においたものです。」との記載があり、入学手続きには洛和会奨学金関係書類を提出することとされていた。また、被告学校から前同様に送付された書類のうち、「洛和会奨学金に関する諸事項」と題する書面には、第六条(返還及び返還免除)一項として「奨学資金の貸与を受けた者が当会に規定年限を勤務した場合は貸与した奨学資金の返還を免除する。」、第九条として「上記第六条の条件を満たさなかった場合は民法四二〇条を適用し損害賠償として請求することがある。損害賠償の額の計算にあたっては計算時点における、税法諸法の規定に基づく。」との記載がなされている。

そして、原告らは、いずれも右奨学金の借り受け手続きをして被告学校に入学し、平成七年三月五日、看護婦国家試験を受験し、同月一〇日、被告学校を卒業した。

(二) 原告らは、いずれも被告学校卒業に先立ち、被告への就職が内定しており、同年三月二二日に入社式が行われる予定であった。

しかし、原告由村は、同月一六日、被告に対し、原告代理人が被告学校関係者に面談して、内定辞退の意思表示をするとともに、看護婦国家試験を有効とするために必要な卒業証明書の交付及び奨学金の一括返還を申し入れ、その後も電話により右申入れに対する被告の回答を求めていた。ところが、被告側から回答の約束の日と指定された同月二〇日にも回答がなされなかったことから、右同日、再度、被告及び被告学校に対し、ファクシミリ及び内容証明郵便(同郵便は翌日に到達)により、看護婦国家試験を有効とし、京都府看護婦等修学資金の返還免除措置の継続を受けるなどのために必要な本件各証明書の交付並びに奨学金の一括返還を申し入れた。

これと同様に、原告山田及び原告牛谷は、右同日、被告及び被告学校に対し、ファクシミリ及び内容証明郵便(同郵便は翌日に到達)により、内定辞退の意思表示をするとともに、看護婦国家試験を有効とするなどのために必要な本件各証明書の交付及び奨学金の一括返還を申し入れた。また、原告三好は、同月二二日、被告及び被告学校に対し、ファクシミリ及び内容証明郵便(同郵便は翌日に到達)により、看護婦国家試験を有効とし、京都府看護婦等修学資金の返還免除措置の継続を受けるなどのために必要な本件各証明書の交付並びに奨学金の一括返還を申し入れた。

更に、原告らは、同月二三日、被告に対し、ファクシミリにより、重ねて本件各証明書の交付を申し入れるとともに、同月二四日までに本件各証明書の交付をする旨の連絡がない場合は、司法上ないし行政上の措置を取らざるを得ない旨を伝えた。

(三) その後、被告学校から国家試験臨時事務所に対しては卒業証明書の提出されていることが判明したものの、被告は、被告代理人を通じて本件各証明書の交付はできない旨を回答したため、原告らは、今後の就職のために本件各証明書が必要であるとして、同月二九日、京都地方裁判所に対し、証明書交付の仮処分の申立てを行った。そして、同裁判所は、同月三一日、右申立てを認容する仮処分決定をなし、同決定は、同年四月三日、被告に送達されたが、被告はこれを履行しなかった。そこで、原告らは、同月一一日、被告及び被告学校に対し、仮処分に基づく本件各証明書の交付を求める内容証明郵便(同郵便は翌日に到達)を送付したが、被告からの回答はなく、本件各証明書は、本件口頭弁論終結時である同年八月四日においても、原告らに交付されていない。

また、この間、被告学校同窓会から、同年三月三〇日付けの内容証明郵便で、原告らに対し、原告らの就職等に関して取った行為が約束を軽視するものであり信義にもとるとして、同窓会から除籍する旨の通知がなされたり、被告学校関係者により、縁談を装うなどして原告らの近隣に聞き込みを行うなどの行為がなされた。

(四) 原告らは、同年五月二四日、被告に対し、洛和会奨学金を被告代表者名義の銀行口座に振り込んで一括返還するとともに、その旨を内容証明郵便(同郵便は翌日に到達)により通知した。

2  右1の認定事実に基づいて、原告らの慰謝料請求について検討し、判断する。

(一) そもそも、原告らは被告への内定を辞退しており、今後の就職等のために本件各証明書が原告らに必要であることは被告にも明らかである。また、被告は、本件訴訟において、本件各証明書の交付の必要性を争うが、前示のとおり、その主張は、主張自体失当であるばかりでなく、本件証拠上、当事者間の交渉経過において、被告から交付の必要性について明示することを求めた形跡も窺えないことからして、本件各証明書の交付を拒否するための口実にすぎないとも考えられる。その他右1の認定事実を総合して判断すれば、被告の本件各証明書の交付拒否は、原告らに不利益を生ぜしめることを意図して、内定辞退に対する制裁として行われたと推認せざるを得ないから、原告らからの請求を受けた当初から本件口頭弁論期日終了に至るまでを通じて、不当抗争として違法であるというべきである。そして、本件の経緯からすれば、被告の本件各証明書の交付拒否により原告らが精神的損害を受けたことは明らかであり、本件に現れた一切の事情を斟酌すれば、原告らの右損害に対する慰謝料としてはそれぞれ五万円が相当である。

(二) ところで、原告らは、被告に本件各証明書の交付を認めさせるためにも、仮処分決定が送達された平成七年四月三日以降、慰謝料として、原告各自につき一日当り金一万円を認めるべきであると主張するけれども、本件事案の性質からすれば、被告が将来ともに本件各証明書の交付拒否を続けるとは必ずしも解し難く、履行確保のために定期金の支払を命ずることが相当か否かは、強制執行手続において考慮されるべき問題であり、慰謝料の斟酌事情とするのは相当ではないというべきであるから、右主張を採用しない。

第四  結論

よって、原告らの本訴請求は、そのうち、在学契約に基づく本件各証明書の交付請求は理由があるからこれを認容し、かつ、不法行為に基づく慰謝料請求についても、原告らそれぞれに五万円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容するけれども、その余は失当であるからこれをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官伊東正彦 裁判官齋木稔久 裁判官小川雅敏)

別紙目録一、二、三、四 〈省略〉

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